それが、彼の心が壊れてしまう道程でした。
彼を救う機会は幾度と無くあったはずでした。
でも、私には出来なかった。
彼にとっての救いは一つで、それは、本当の意味での救いにはならないことを知っていたから。
彼がその望みを口に出す事は一度もなかったが、私には分かってしまった。
求めているのは唯一
”死”
それだけだったのですから。
懐古主義の彼のことですから、過去になってしまった者達と同じ道を辿ろうとしていたのかもしれません。
私には分かりませんが、死んだら同じところへ逝けるとでも思っていたのでしょうか。
でも、私は彼にそれを与えることが出来なかった。
贖罪もせず、ただ、死ぬなんて許されることではない。
死は救いではない。
どんな形であれ、死で救われることなんてあっていいはずが無いのだ。
(そんな建前がなければ、私は彼に生きて欲しいと言う事すら出来なかった。)
でも、それでも、私が求めていたものは、こんなものじゃ、なかったはずなのだ。
こんなはずじゃ・・・。
「ディスト、ディスト・・・・サフィール・・・」
今や、優しくその頬を撫でようとも彼が反応を返してくれることは稀だ。
そして帰ってくる反応さえ、緩慢なゆるやかな動作でしかないのだから。
「・・・じぇいど・・・・」
呼びかけに答えた彼の声はまるで喋り方を忘れたように、拙いもので、どこかか遠くにいるようだった。
その声を聞いた私は、きっと、彼は半身をあちらの世界にあげてしまったのだと、思った。
報われなかった子供へ、世界を恨んだ子供へ。
世界を救おうとしたモノへ、光を奪われたモノへ、一人の為に尽くしたモノへ、最愛を無くしたモノへ。
そんな大切な仲間の元へ逝けないせめても手向けへと。
もう、半身を取り戻すことは叶わないかもしれない。それでも、彼が生きてる以上、私には全てを投げ出すことは出来なかった。
愛しい者をぎゅっと腕に強く抱きこんだ。
苦しかったのが少しもがく様な動作をしたが、しばらく抱きしめたままでいると、それも諦めておとなしくなった。
抵抗がない。それだけで、こんなにも不安になる。
それでも、私に彼を見捨てる、などといった選択肢は無かった。
私は彼を愛してしまっていたから。
そして、彼が私を愛していたから。
私が見捨ててしまったら、もうこれ以上彼をここに繋ぎとめられる物はいないだろうと、確信している。
幸せになりたくなかった彼を幸せにしたかった私が間違っていたのか、
幸せな未来を望んでいたはずの現実と今。
脆弱な彼と孤独な私。
全てがかみ合わないまま彼と私は終わりの時を迎えるのだろうか?
それともまだ救いの光はあるだろうか?
私は、信じたい。
いずれ二人に訪れる未来を。
いままでも大きくすれ違って、それでも離れられなかった二人だから、信じられる。
私の思いに気づくことのない君へ。
私はいつでも、待っています。
貴方が貴方の心を取り戻す日を。
そして、その時に何を言ってやろうか、そんなことばかりを考えています。
それは楽しいですが、反応を返してくれる貴方がいないので、少し退屈です。
早く、戻ってきてください。
この私がこんなに願っているのです。
貴方の最愛の私が。
いつでも、帰ってきてください。
待っています。
貴方へ偽りのない愛を捧げる者より。
[9回]
PR