あの人はきっと気づいていない。
私の願いに。
そうでなければ、これは戒めであり罰だと私は思います。
あの人は最近よく私の名前を呼びます。
私が捨ててしまったあの名前で。
私が捨ててしまったあの愛おしい狂おしい時代の名で。
私は、やめてくださいと、泣きました。
なぜその名を呼ぶの?と。
でも、あの人は綺麗な微笑みを返すだけで、その名で呼ぶことをやめてはくれませんでした。
とても、とても優しい声、でした。
私はあの頃私を呼んで欲しかった。それが望みでした。
その事を、思い出してしまうのです。
小さくも幸福に満ち溢れたあの頃を。
あの人に呼ばれることがどんなに嬉しかったか。
いつも、呼ばれると、私は嬉しくなって笑みを抑える事ができませんでした。
・・・私は。
私はそんな懐かしい感覚、嬉しい感覚なんて欲しくない。
欲しくないのです。
だって私はその響きだけあれば生きていけるような気がするから。
(息が出来なくても、食べるものがなくても!)
それはとても怖い事でした。
いずれそれを失うかも知れないことも、生を望んでしまいそうなことも。
求めて止まなかったハズの彼の存在はもはや、私にとって恐怖の対象でした。
それなのに、嗚呼。
それなのに。
そんな蕩けそうな砂糖のように甘い声で、
私を
好きだと。
愛していると。
囁く彼の、なんて無神経なことか!!
私は憤りに似た熱く、煮えたぎった何かを瞬時に胸に抱きました。
しかし、結局その感情を知ることはないまま、私の胸は急速に熱を失いました。
彼が、私を抱きしめたからです。
この罪深く、穢れた私を。
彼が、嗚呼、あああああああああああ!!!
カ レ ガ ケ ガ レ テ シ マ ウ
その思いの強さにかき消されたものの行方を私は知りません。
知りたいとは、思いません。
一瞬の硬直の後、我に返った私は思わず、全力で彼を突き放しました。
彼は、何故?という顔をしました。
しかし、私は気づいてしまいました。
その表情の中に”やっぱり”と言いたげな感情を隠していたことに。
これはやはり、私へ与えられた罰でしょうか?
醜く生きた私への戒めでしょうか?
彼の与えてくれる罰は、私には重過ぎます。
こんなにも心が悲鳴を上げて、死への切望ばかりを加速させるのですから。
―そして、私は死を許されぬ罪人―
[0回]
PR