ジェイドは、悩んでいた。
言うまでも無く内容は先日のサフィールとピオニーの態度だ。
ピオニーとサフィールだけが知りうる「秘密」
それを果たして秘密に分類していいのかそれ自体が未だ分からぬ問題だったが。
そもそも今までの3人の関係に秘密が無いと言えば嘘になる。
立場、距離、時間、その他諸々。
人は年を取れば取るほどにしがらみが増えて、複雑になっていく。
全てを掌握したようでいて、実はそれは多角的にみたうちのほんの一面にしか触れていないのだ。
しかしジェイドは、ここまで釈然としない思いを感じた事は今までなかった。
人にあまり興味を示さない性質だという事も関係しているだろうし、人の全てを知ることは出来ないと理解しているからかもしれない。
それがどうして今回に限って何が自分の胸をざわめかせるのか・・・。
ピオニーの態度がおかしかったから?
いいや、違う。
自分の心にひっかかったのは、サフィールがとった態度があまりに不自然に思えたから。
・・・だと思う。
自分でも不確かで曖昧な感情だと思うが、人の心、たとえ自分の心であってもジェイドにとっては未だに理解しがたい部類に入るものだった。
しかし、現実問題として、それからずっと続くその不安はいくら拭っても消えることがなく、
気持ちの悪いもやもやとした気持ちはずっと心の端に残る。
そうなるとジェイドもその事柄に真剣に向き合わざるを得なくなった。
それからのジェイドの思考は早かった。
早かった、と言うよりも元々自分を基点とした人物同士の繋がりであったために、少し考えれば原因は案外簡単に見つかった。
まず引っかかったのは数ヶ月前のお茶会。
あの時確かに自分が感じた苛立ち。
苛立ちの原因がピオニーの言った通り“ピオニーがサフィールに触れていたのに、自分が触れることが出来なかったこと”だとするならば、自分はサフィールに触れる事に固執していた事になる。
そして廊下で出会ったときのピオニーの台詞。
“今更なんて言葉じゃ流せないこともある。”
“またサフィールを傷つけた。”
“ささやかな願いすら砕いてきた!”
断片的ではあるが、私がかつて、サフィールに何かしらの危害を加えたのだろう事を表していた。
それも、いつものような戯れでは済まないような何かを。
つまるところ、簡単に言ってしまえばおそらく事の発端は私なのだ。
そこまで分かっていながらにして、ジェイドは思考を埋める最後のピース、が分からなかった。
つまり、自分がかつて何をしたのかが。
なんて無責任。なんて恐怖だろうと、ジェイドは思う。
確かに自分がしたことのはずなのに、相手はそれが何かを知っていて、当の自分はまったく持って知らないのだ。
しかし、それ故に考える必要がある。
自分がしたこと全てに責任を負えるなどと自惚れてはいないが、断片を知ってしまった以上もうそれを見過ごすことはしたくないのだ。
しかし、もし仮に自分がサフィールを傷つけたことが原因であるなら、その特定は難しいと思った。
厳しく当たることなんて子供の頃から何度もあった。敵同士だったこともある。
今とて研究の為に再びその能力を使わせ、酷使しているし、時に苛立てば譜術で痛めつけることだってあった。
傷つけていないときの方が珍しい。
そのような関係であったために、何がそこまでサフィールの心を傷つけたのか、理解できなかった。